よく聞く話。
なぜか、アートをやっている…と仰っている作家さんにお話をお聞きすると…
「お金の為にアートを制作しているのではない。
作品は、作家の魂の叫びであり、息をするように作品を作っている…」
というようなことをおっしゃっていることがある。
私は、これを聞くとちょっと違和感を感じる。
アートは、もともとクライアントの発注によって制作されている歴史があると思っていたからだ。
なのになぜ、今時の作家さんは作品とお金を結びつけたくないのだろう?
いつからそんなふうになってしまったのだろう。
そもそも私の認識では、アートの歴史はクライアント相手の制作のように思っていた。
ギリシャ・ローマでは、国家の発注で。
中世はキリスト教。
ルネサンスの時代では、王家や貴族。
その後、金持ち、商人、一般市民…のように一般化?して広がっていった。
そして、紆余曲折あって現代では、現代アートがアートの末裔で、クライアントは、世界のセレブや美術館。
現代でも、アート作品はクライアントの発注によって制作されている。
そう考えても大きな間違いではないと思われる。
ここまで、私個人の認識。間違っていたらすみません。
なぜ、現代のアーティストは自分の作品の商売の話をしたがらないのか?
私の知るところ、日本のトップクラスの現代アーティストたちは、作品を販売するために制作をしている。
今回の話の中心は、もう少し下層?の、まだこれから売れていく作家さんたちのような気がする。
彼らの話を聞くと、
「お金の為にアートを制作しているのではない。
作品は、作家の魂の叫びであり、息をするように作品を作っている…」
といういうような話が聞こえてくるようになる。
彼らの構成は様々で、芸大で学んだ者から我流で独自の創作をしている人まで様々。
芸大で学んだ作家たちは当然のことながら、作品と商売を結びつけることは抵抗がない。
しかし、そういった芸大のような美術の専門教育を受けていない作家の場合、専門書などで美術を学ばない限り、アートの成り立ちや目的を知ることが難しい。
それよりも、世の中で見聞きしたアートの華やかな部分を主に摂取して、自分でもやってみたい!とかこれこそ自己表現!などと捉えて、独自の解釈で自分のアート像を作り上げてしまうのではないのだろうかと思う。
なので、作品と商売を結びつけるような話を聞いた時、彼らは違和感を感じ、「お金の為にアートを制作しているのではない…」となるのかと思う。
もちろん、第一線のアーティストでも、作品は命を削って作っている…という人もいるだろう。
しかし、商売のこともしっかり理解しているはず。
私が最近気になっていたのは、
このように、アートの本来の成り立ちを知らないまま、独自の解釈で創作活動を開始してしまったアーティストたちなのかもしれない。